
「AIがAIを作る」という言葉は、SFのように聞こえるかもしれません。
しかし2026年現在、最先端のAI企業では、次世代AIを作るためのコード、実験、評価の一部をAI自身に任せる動きがすでに進んでいます。
Anthropic共同創業者のJack Clark氏は、自身のニュースレターImport AIで、完全な再帰的自己改善、いわゆるRSI(Recursive Self-Improvement)が「2028年より2027年に可能になる方がよりありそう」と予測を修正しました。
以前は2028年を本命としていたため、見通しを約1年前倒しした形です。
ただし、これは「2027年にAIが必ず自分を作る」という発表ではありません。
そもそも「自己改善」と呼ばれるものには段階があります。
コードを書くこと、実験を提案すること、学習データを作ること、モデルの設計を改善すること、そして最終的に後継モデルを人間の介入なしで作ることは、それぞれ別の能力です。
この記事では、Clark氏の予測をセンセーショナルに扱わず、技術的にどこまで進んでいるのかを整理します。
Jack Clark氏はAnthropicの共同創業者であり、長年AI研究を追うニュースレター「Import AI」を執筆しています。
2026年10月12日に公開されたImport AI 476で、Clark氏は完全なRSIが可能になる時期について、自分の見方が変わったと書きました。
Clark氏の表現は慎重です。
2027年に必ず実現すると断言したのではなく、「2028年よりも2027年に可能になる方がよりありそう」としています。
つまり、技術的な可能性が前倒しになったという確率判断です。
この点は重要です。Anthropicの公式製品ロードマップでも、業界全体の合意でもありません。
共同創業者という立場から見た個人の予測であり、実際の実現時期には大きな不確実性があります。
2026年5月のImport AI 455では、Clark氏は「人間が関与しないAI R&D」、つまりAIが自分の後継システムを自律的に作れる段階が2028年末までに起こる確率を60%以上と見積もっていました。
その時点では、2027年より2028年の方を有力視していました。10月にはその重み付けが逆転したわけです。
ここでいうRSIは、AIが単に自分のコードを書き換えることではありません。
研究課題を選び、実験を設計し、学習を実行し、結果を評価し、改善案を次のモデルに反映するという一連のAI開発サイクルを、ほぼ自律的に回せる状態を意味します。
「自己改善AI」は一つの技術ではなく、複数の段階に分けて考えると理解しやすくなります。
最初の段階は、コード生成です。
現在のClaude、ChatGPT、Geminiなどは、モデル開発に必要なプログラム、評価コード、データ処理スクリプトを書くことができます。
これはすでに広く実用化されています。
次は、研究支援です。論文を読み、関連研究を整理し、実験案を考え、評価指標を設計し、結果を分析する作業です。
ここでは単なるプログラミング能力ではなく、「どの実験をやる価値があるか」という研究上の判断が重要になります。
その先に、AI R&Dの自動化があります。
学習データの生成、ハイパーパラメータ探索、モデル評価、失敗分析などをAIエージェントが長時間にわたって進め、人間は主に承認や監督を担当する形です。
最後が完全な再帰的自己改善です。
AIが次世代モデルの設計、訓練、評価、改良までを自律的に行い、その改良されたモデルがさらに次のモデルを作る循環が成立する状態です。
ここまで到達すると、AI開発の速度が人間研究者の作業時間より計算資源や実験効率によって決まりやすくなる可能性があります。
Clark氏が予測を前倒しした理由として挙げたのは、主に二つです。
一つは、AIが数学分野で「創造的に見える」成果を出し始めたこと。
もう一つは、AI研究そのものを行う能力を測る新しい評価で急速な進歩が見られたことです。
Import AI 476では、TasteValという研究能力評価が取り上げられています。
TasteValは、最先端モデルの開発に関わる実験的な判断能力を測ろうとするベンチマークです。
報告では、2025年末以降、フロンティアモデルの「研究上の判断力」に相当する能力が急速に伸びているとされています。
特にClark氏が重視しているのは「創造性」です。
AIが既知の手順を高速化するだけなら、自動化は進んでも研究の方向そのものを変えることは難しいでしょう。
しかし、新しい仮説を作り、これまで人間が思いつかなかった実験や数学的アイデアを生み出せるようになると、AIがAI開発を加速する可能性が高まります。
Anthropic Instituteも「When AI builds itself」で、AIがすでにAI開発の一部を高速化していると説明しています。
Anthropicのエンジニアが出荷するコード量は、2021〜2025年と比べて大幅に増えており、長時間タスクをAIが自律的に完了できる時間幅も伸びているとしています。
ただし、TasteValの結果だけでRSIが近いと証明されたわけではありません。
ベンチマークは限定された課題を測るもので、研究全体を完全自律で遂行できるかは別問題です。
Clark氏自身も、これは可能性の見積もりを変える材料として扱っています。
Anthropicでは、AIが自社のAI研究開発にどれだけ関与しているかを測る「Anthropic R&D Automation Index」を試作しています。
これは、AI R&Dの各作業を細かく分解し、どの程度Claudeに自動化されているかを評価する考え方です。
現在すでに強いのは、コード生成、テスト、バグ修正、データ処理、評価スクリプト作成、実験結果の要約などです。
これらは比較的目的が明確で、正解を確認しやすい作業です。
AIエージェントはコードを実行し、失敗すれば修正し、別のエージェントに作業を分担させることもできます。
一方で、研究テーマの選択、長期的な優先順位付け、思い込みを疑うこと、結果の意味を科学的に解釈すること、安全性と製品価値を両立させる判断などは、まだ人間研究者への依存が大きい領域です。
また、モデル学習そのものには巨大な計算資源が必要です。
AIが優れた設計案を出しても、数万〜数十万GPU規模の計算環境を安全に割り当て、訓練を監視し、異常時に止める仕組みが必要です。
完全RSIには、知能だけでなく、計算資源管理、実験インフラ、セキュリティ、評価、安全性の自動化も必要になります。
つまり、現在のAIは「AI研究者の優秀な助手」から「一部の研究工程を任せられるエージェント」へ移行しつつあります。
しかし、研究所全体を人間なしで運営できる段階とはまだ距離があります。
RSIが2027年に可能になるかどうかは、現時点では分かりません。Clark氏の予測は、能力向上の速度を見て「以前より早まる可能性が高い」と判断したものです。
今後見るべき重要なシグナルは、AIがどれだけ長い研究タスクを人間なしで完遂できるかです。
数分のコーディングではなく、数日〜数週間かかる研究プロジェクトを計画し、途中の失敗を修正し、再実験し、最終的に意味のある改善を示せるかが重要になります。
次に、AI自身が研究テーマを選べるかです。与えられた問題を解く能力と、解くべき問題を見つける能力は別です。
RSIには、次にどこを改善すればモデル全体が強くなるかを見極める能力が必要になります。
さらに、AIが作った改善が本当に次世代モデルの性能向上につながるか、そのモデルがさらに次の改善を生み出せるかという「ループの閉じ方」が決定的です。
一度だけモデル改善に成功することと、改善が連続して自己加速することは大きく異なります。
そして、安全性も欠かせません。
自動化されたAI R&Dは開発速度を上げる一方、人間が変化を理解し、検証し、止められる速度を超える可能性があります。
Anthropic InstituteがRSIの進展を測定しようとしているのも、能力向上だけでなく、人間の監督能力とのバランスを見る必要があるためです。
2027年という数字を未来の確定日として見るのではなく、「AIがAI研究をどこまで自律化できるかを観測する目安」として捉えるのが適切です。
Jack Clark氏が予測を2028年から2027年へ前倒しした背景には、AIの数学的創造性、研究判断能力、長時間タスク能力の進歩があります。
Anthropic内部でもAIがAI R&Dの一部を担う割合は増えています。
しかし、完全な再帰的自己改善はまだ実現していません。
現在は、コード生成や実験支援をAIが大幅に自動化できる一方、研究テーマの選択、計算資源管理、安全性、長期的な検証には人間が深く関わっています。
「AIがAIを作る時代」はすでに一部始まっているとも言えますが、「人間なしで後継AIを作り、そのAIがさらに次を作る」段階は別です。
今後はニュースの予測年だけでなく、研究工程のどこが実際に自動化されたかを見ることが重要です。

