
AIを使ったか、使っていないか。この二択だけでは、現在の制作工程を説明できなくなりました。
テーマ候補の整理、資料探し、構成、下書き、誤字修正、字幕、サムネイルまで、AIが入れる場所は増えています。
同じ「AI使用」でも、表記揺れを直す補助と、作者の意見や体験を生成させる行為では、作品への影響が違います。
だから必要なのは、AIを全面禁止する宣言でも、便利だから自由に使うという一文でもありません。
自分の作品で何が価値なのかを決め、その価値を損ないやすい工程には人の責任を残す「自分用AIポリシー」です。
この記事では、制作を8工程へ分け、「自由に使う」「補助のみ」「任せない」の三段階で境界を作ります。
個人用の短いルールから始め、クライアント案件や少人数チームへ広げる方法、公開時にAI利用を説明する基準まで整理します。
2026年8月7日、科学コミュニケーターのHank Green氏は、vlogbrothersの動画「Just Trying to Figure Out My Job」で、自分用のAIポリシーを公表しました。
内容は、LLMに台本の執筆・編集・構成を任せない、動画の主題は必ず人が発案する、AI生成の画像と音楽を使わない、という三項目です。
きっかけには、同氏が調査、編集、情報源探しなどでLLMへ依存しすぎたと振り返り、制作量を落として自分の声への信頼を立て直そうとした経緯があります。
ただし、これは一人のクリエイターが、自分の作品と受け手に合わせて引いた境界です。
AIを使えば一般に品質が落ちる、あるいは同じ禁止事項が全員に必要だという証明ではありません。
参考になるのは、使用ツールの一覧ではなく「本人性が価値になる場所」を具体的に守った点です。
動画の主題、言葉、構成、視覚・音楽表現は、視聴者が本人の判断として受け取る中核です。
一方、別の制作者なら、AI生成画像を作品の主題として使い、その制作過程を開示すること自体が価値になる場合もあります。
ポリシーは正しさを競う宣言ではなく、受け手が期待するものと、制作者が責任を負える範囲を一致させる運用ルールです。
Hank Green氏の三項目をコピーするのではなく、自分の制作で「自分が作った」と言うために残す工程を考えます。
最初に、AIツール名を忘れて制作の流れを書き出します。
おすすめは、アイデア、調査、出典確認、構成、執筆・収録、編集、最終意見、公開前確認の8工程です。
動画なら画像・音楽・音声、SNSなら返信やコメント管理を追加します。
アイデア工程では、候補を広げることと、作品の主題を決めることを分けます。
AIに10案を出させても、採用理由と切り口を自分で決めるなら補助として扱えます。
毎回最初の案を採用し、似た構成が続くなら、形式上は人が選んでいても実質的に主題を委ねています。
調査では、検索語の展開、関連資料の候補、論点整理に使えます。
ただし、AIが示した論文、ニュース、統計、引用は存在と内容を原典で確認します。
資料を見つける役割と、証拠として採用する役割を分離すると、もっともらしい誤情報を防ぎやすくなります。
構成、執筆・収録、編集では、何を作品の独自性とみなすかが現れます。
作者の語り口が商品なら、見出しや文章の生成を厳しく制限する。
情報整理が価値なら、構成案をAIと比較しつつ、結論と根拠を人が決める。
クライアントのブランド文書なら、契約条件を自分の好みより優先します。
最終意見と公開前確認は、人が責任を引き受ける工程です。「AIが提案したから」は公開後の訂正理由になりません。
誰が事実、権利、表現、開示を確認し、公開ボタンを押すかを明記します。
各工程を三つへ分類します。
「自由に使う」は、誤りが作品の意味を変えにくく、人が簡単に検査できる作業。
「補助のみ」は、AIの出力をそのまま採用せず、原典確認や書き直しが必要な作業。
「任せない」は、本人性、守秘、権利、重大な判断に関わり、AIへ入力または生成を委ねない作業です。
個人のライターなら、表記揺れの候補と文字起こしは自由、調査候補と構成比較は補助、体験談、一次情報の解釈、最終意見は任せない、という形が考えられます。
YouTube制作者なら、字幕タイミングは自由、Bロール候補は補助、本人の声を模した合成音声や実在人物の写実的な生成映像は任せない、と決められます。
SNS担当では、予約投稿の整形は自由、返信案は補助、炎上・苦情・事故・政治的な声明は任せない。
少人数チームでは、個人の感覚に任せず、対外影響が大きい出力だけ編集責任者の承認へ送ります。
以下は、その境界を1ページへ書くための例です。
三分類には理由も書きます。「画像生成は禁止」だけでは、サービスが変わったとき再判断できません。
「実在人物や現場を誤認させ、報道的な信頼を損なうため」と書けば、イラスト、加工、背景除去などの境界を判断できます。
調査補助でAIを使う場合、AIの回答を出典にせず、元資料へ戻ります。
論文ならタイトル、著者、掲載先、公開年を確認し、本文が主張を支えているか読む。
統計なら調査主体、対象、期間、母数、定義を確かめる。引用は原文と前後の文脈を見ます。
出版社の公式ポリシーにも、人の監督と透明性、AIが提案した文献の原典確認、機密資料を外部AIへ入力しないことが繰り返し示されています。
Elsevierは、AIによる参考文献が不正確・架空であり得るため出典確認を求め、編集・査読用の未公開原稿を生成AIへ入力しないよう定めています。
これはすべてのクリエイターを拘束する規則ではありませんが、個人ポリシーを作る判断材料になります。
開示は「AIを1回でも使ったら毎回書く」という一律ルールではなく、四つの条件で決めます。
第一に法令や契約。
第二にプラットフォーム規則。
第三に受け手が真正性を判断するため必要か。
第四に、作者や出演者の本人性をAIが代替したかです。
YouTubeは、現実に見える人物・場所・出来事をAIで生成または大きく改変した場合、アップロード時の開示を求めています。
これは誤字修正や一般的な制作補助をすべて表示する規則ではありません。
媒体のラベル要件と、自分が読者へ説明したい制作方針を分けてください。
自発的な開示は具体的にします。
「AIを使用しました」だけでは範囲が分かりません。
「関連資料の候補抽出に生成AIを使い、本文・引用・数値は編集者が原典確認した」
「字幕の文字起こしにAIを使用し、映像・台本・ナレーションは本人が制作した」と書けば、受け手は影響範囲を判断できます。
最初のポリシーは1ページで十分です。冒頭に目的を一文で書きます。
「制作速度のためにAIを使うが、本人の意見、一次情報の確認、権利と守秘への責任は人が持つ」。
続けて三分類、公開前チェック、開示条件、例外承認、見直し日を置きます。
個人用では、例外承認者は自分です。
ただし、その場の勢いで例外を増やさないため、「理由と影響を制作メモへ残し、公開前にもう一度確認する」と決めます。
案件では、クライアントの許可がない未公開情報を入力しない、生成物の利用条件を確認する、納品時にAI使用箇所を報告する、という項目を追加します。
チーム用では、判断が割れやすいものだけ承認フローを設けます。
事実確認は編集者、権利・契約は責任者、実在人物の合成やセンシティブな表現は法務または発注者。
すべてを承認制にすると運用が止まるため、自由に使う作業はチェックリストで処理します。
月1回またはツール・媒体規則が変わったときに見直します。
変更時は、使えるツール名を足すのではなく、新しい機能がどの工程と責任へ影響するかを確認します。
音声合成が改善しても、本人の声を代替してよいかは技術性能では決まりません。
効果は投稿数ではなく、訂正件数、出典不備、クライアント差し戻し、制作時間、本人の納得感で見ます。
AI利用を減らしても疲弊が増え、更新が止まるなら、表記整理や文字起こしなど検査可能な工程へ戻せます。
反対に、量は増えたが作品が似通い、自分で主張を説明できなくなったなら、中核工程を人へ戻す合図です。
自分用AIポリシーは、AIへの賛否を表明する文書ではありません。
制作のどこに独自性があり、どこから先を人が説明し、責任を負うかを決めるものです。
Hank Green氏の事例が示したのも、ツールを一律に評価することより、自分の声を守る境界を言葉にする必要性でした。
まず8工程を書き出し、「自由に使う」「補助のみ」「任せない」に分けてください。
出典確認、開示、例外承認、公開前確認まで1ページにまとめれば、迷うたびにゼロから判断せずに済みます。
ルールは制作を縛るためではなく、便利さと信頼を同時に保つための土台になります。

